むうちゃんとおとうちゃんとジュニさんの"のほほん"おとぼけDAYS。

by yukaripod

風と共に去りぬ

f0194020_15543536.jpg風と共に去りぬ

1861年、南北戦争が始まろうとする直前。ジョージア州タラの大地主ジェラルド・オハラの長女スカーレットは、樫の木屋敷と呼ばれる同じ大地主ウィルクス家で明日開かれる野外宴会で、そこの嫡子で彼女の幼馴染みであるアシュリーと彼の従妹メラニーの婚約が発表されると聞いて心おだやかでなかった。激しい気性と美しさをあわせ持つスカーレットは、多くの青年の憧れの的であったが、彼女の心はアシュリーとの結婚をかたく決意していたのだ。しかし、彼の心は気立ての優しいメラニーのものだった。そして突然、戦争の開始が伝えられ、スカーレットは失恋の自棄からメラニーの兄チャールズの求婚を受け入れ結婚した。メラニーと結婚したアシュリーもチャールズも戦争に参加した。だがチャールズは戦争で病を得て死に、スカーレットは若い身を喪服に包む生活を余儀なくされたのだった…。(amazonより)

と、あらすじも必要ないぐらい有名な映画だけど、実はわたし、このトシになって初めて観ました。
もちろん原作も読んでいません。
ときどきテレビの「映画の名場面」なんかで切り取られるのは、たいていはこのDVDのジャケットになっているシーン。てっきりベタベタのラブロマンス映画だと思っていたもので、驚きの連続でした。
スカーレットは深窓の佳人だと思っていたし、レットはもっとフェミニストな紳士だと思っていたから。

でもまあ、よく考えたらそんな主人公がベタベタな恋愛をする映画なんてつまらないよね(笑)

スカーレットが気の強い世間知らずの箱入り娘であるのと対象に、メラニーはまさに天使のような許しの女性。この二人の女性の対比の描き方が見事でした。

誰かを犠牲にしてまでも自分の思うままに生きようとしたスカーレット。
だけど結局、いちばん手に入れたかったアシュリーだけが、最後まで彼女のものにはならなかった。
いろんなものが自分の手にあるのに端からこぼれていくことに気がつかないまますべてを失うことになっても、たったひとりで故郷タラで行き続けることを選び、きっと強く生きていったのでしょう。
だけど人間って、誰しもこういう部分を持っているものですよね。
やっぱり自分はかわいいもの。
スカーレットほど極端ではないにしろ、素直になれないとき、プライドが邪魔するとき、ありますよね。
それを後悔するか、前に進む糧にするか。

折しも、ふたつの戦争を指揮しているオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞。
「風と共に去りぬ」の舞台は、オバマ大統領の尊敬するリンカーン大統領が発端となった南北戦争。
なんでも無理やり結びつければいいってもんじゃないけれど、たまたま観た古い映画がなんとなく今の時代に通じることが多くて、いろいろ考えさせられます。

宗教の違い、思想の違い、文化の違い、人種の違い。
何故人は自分と違うものを憎むのでしょう。
何故人は人よりも上に立ちたがるのでしょう。
そういう人に武器や力を与える人がいなくならないのは何故でしょう。

COP15の各国の言い分を聞いていると、普通に笑っちゃいませんか?
早く地球を滅亡させたい人の集まりだとしか思えないんだもん。

「知らないね。勝手にすればいい」

レットの最後の言葉が、いまのわたしたちに向けられた言葉に聞こえて仕方ありません。
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by yukaripod | 2009-12-11 16:52 | 本・音楽・映画